いま、私たちは恵庭渓谷へ向かうバスに乗っている。
私は57歳の主婦。
2人の娘と3人の孫に恵まれ、定年した夫と幸せで穏やかな日々を過ごしている。
私が結婚したのは31年前、26歳の時。
子どもができ、子育ての大変さを知った。
子どもの成長の喜びと共に心配ごとが増えていく事を知った。
子どもが結婚した時の喜びを知った。
孫ができた時の嬉しさ、同じくらい心配になる気持ちを知った。
無事に生まれてきてくれた孫への感謝、孫の可愛さを知った。
色々な経験をする度に思うことがある。
【お母さんもこんな思いだったんだ】
私にとって母は特別な存在。
というか母親というのは娘にとって特別な存在なんだと思う。
父のことも大好きだけど、母への思いは何か違う。
私の娘が小さいころ、母お手製のお弁当を持ってよくピクニックへ行った。
5月なら桜、6月ならライラック、7月はユリにラベンダー。
季節の花と、元気に走り回る孫を見る母。
それだけで何だか幸せな気持ちになったことを思い出す。
バスは間もなく恵庭渓谷に到着する。
『お母さん、もう着くよ。何年ぶりかな?』
母に話しかけるが返事はない。
だって今日は母のお葬式。
母はお気に入りのワンピースを着て棺の中で眠っている。
寝たきりになってしまった母のお葬式を考え始めた時に出会った【旅葬】。
コロナ禍という事もあり、バスで叔父・叔母の自宅を巡ってお別れしてもらえる事に
安心感があり【旅葬】を前向きに考えていた。
相談に行った時に聞かれたこと、
『もう1度一緒に行きたかった場所はありませんか?』
自宅に帰ってからも、ずっとその言葉が頭から離れない。
行きたかった場所…
アルバムを見ながら母との想い出を振り返る。
気付いたら母の事ばかり考えていた。
【こんなに母の事考えた事あったっけ?】
何だか笑えてきた。
そんな数日を過ごして私は思った。
【最期にもう1度ピクニックへ行きたいな】
母が作るピクニック弁当は、
甘い卵焼き、ウィンナー、から揚げなど孫が好きなものばかりだった。
沢山食べる孫を笑って見つめていた母。
今回は私がピクニック弁当を作ろう。
季節の花と走り回る孫を見ながらお弁当を食べて、
ピクニックの後に叔父・叔母の家に行こう。
王道は桜かしら?
いや、ラベンダーもいいかも。
母はどの季節を選ぶのかな?
そうして、ちょうど1年後の5月、母は静かに父のもとへ旅立った。桜の時期に。
『お母さん、桜見える? キレイだね』